編集部HOTホッと通信

第36回 荒木 経惟さんの写真

荒木さんとあらたまって書くとなんだか照れくさい。
世間ではアラーキーという方が誰でも知っている名前だろう。
4月5日発売号には荒木さんが撮影した石井竜也さんのグラビアが掲載されている。
石井さんの実家は茨城県大津町。先日の震災による津波で大きな被害を受けた町だ。石井さんの実家も全壊の被害を受けたという。生まれ育った町である大津町が大変な被害に遭われ、お母様も避難された。現在、石井さんはチャリティコンサートを開き、生まれ育った町の復興に尽力されている。この場を借り、震災にあわれたみなさまへ、お悔やみとお 見舞いを申し上げます。

撮影は、震災の数日前に行われた。
石井さんは、まさか女性自身の取材が荒木さんで撮影に臨むとは思ってはなかったようで、相当びっくりしたようだ。二人は初顔合わせだった。

荒木さんとtabaは実は同郷。台東区の箕輪と浅草。
通っていた中学校が廃校になり先日、合併した。実は先輩後輩でもあるのだ。
そんなわけで、以前からとても可愛がっていただいている。カラオケ...演歌の歌い方を一から教えていただいた。写真の見方、人生の見詰め方...素晴らしい時間だった。
男性誌から女性誌に移り、それまで共に女性のエロスを追及していたが、それが出来なくなった。
毎年恒例の誕生日パーテイの時、荒木さんはこう言った。
「taba、俺にしか撮れないやつを連れてこいよ。いい男をさぁ。まだまだ撮影しようぜぇ」
涙が出そうだったけれど、これは覚悟もいることだ。
藤原竜也、大沢たかお、桐谷健太...その時々の"男"を撮ってきた。
そして、今回の石井竜也。デビュー25周年を迎えたアニバーサリーの取材だった。
石井さんは相当構えていたし、力も入っていた。
けれど、荒木さんは全てのシャッターを力が抜けた瞬間に併せていた。

その写真のうちの一枚が、これだ。

今日入稿している時、古い写真集が手元に届いた。
『荒木 経惟全集3 陽子』
亡くなられた奥様・陽子さんの写真を集めたものだ。

tabaは荒木さんに関わるいろいろな女性とお会いしてきた。
愛猫のチロも。
しかし、陽子さんとは会っていない。陽子さんが亡くなられた'90年1月。
tabaはまだ営業部にいた。
編集作業には、関わっていなかったのだ。
NEWSでそのことを知った時、とてもさびしい気持だった。
倉庫の中で、小社が発刊した荒木さんの写真を握り締めたことを覚えている。

この写真の中の陽子さんは、女として妻として、泣き、笑い、微笑み、怒り、荒木さんを見つめている。出会ってから死...別れまで。

亡くなる前の手記が写真に添えられている。
陽子さんは言う。
「人の思いというのは存在する。本当に存在して、疲れたものの体と心を癒してくれるんだ」

荒木さんの写真には、"思い"がある。

その思いを共有するために、荒木さんと仕事をしていきたい。

次の"男"は誰だろう。
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