今日で、11月も終わり〜
後、3週間足らずで、
息子に会・え・る
と思うと、やっぱ気分は、高揚しますがな。
で、高揚したついでに、ご近所の日本庭園、三渓園に、紅葉を見に行こうと母を誘ってみまひた(はああ、のダジャレ!!)

桜の季節の時は、金欠とか言いながらも、アタシの誘いに乗り、家から出て来た母、だったけどね〜
今回は、ニベもなく、断られた〜

「行かねっ
メンドクセエ。」
拒否する時の母は、何故か、いつもベランメエ調なのだよ〜とっても分かりやすいわ。そして、即、午睡の時間となってしもうた・・・
もっちろん、拒否するべ〜、と思いつつ、母を誘い、ソコのところを撮影
しましたがな。
チャリ距離
で、こんな近くに日本庭園が、あるなんて〜でしょっ
四季折々の美しさを見せる三渓園。久しぶりに表門から、入ったぞ〜 
ウチからだと裏門の方が、近いんだけど、さ。
ナニゲに、住宅街の奥にあるっつう、隠れたようなカンジが、コレ、またいいんだよね。
さて、三渓園は・・・ご一緒にど〜ぞ。
生糸貿易により財を成した実業家 原 三溪によって、1906年(明治39)5月1日に公開され、175,000m2(ド広い!)に及ぶ園内には、京都や鎌倉などから移築された歴史的に価値の高い建造物が巧みに配置されている。(現在、重要文化財10棟・横浜市指定有形文化財3棟)
東京湾を望む横浜の東南部・本牧に広がる広大な土地は、三溪の手により1902年(明治35)から造成が始められ、1908年(明治41)に外苑、 1923年(大正12)に内苑が完成するに至った。
三溪が存命中は、新進芸術家の育成と支援の場ともなり、前田青邨の「御輿振り」、横山大観の「柳 蔭」、下村観山の「弱法師」など近代日本画を代表する多くの作品が園内で生まれた。その後、戦災により大きな被害をうけ、1953年(昭和28年)、 原家から横浜市に譲渡・寄贈されるのを機に、財団法人三溪園保勝会が設立され、復旧工事を実施し現在に至る。
以上、三渓園のHPからっす〜
原三渓氏が、生きていたら、本牧在住の貧しい映画監督も支援してくれただろか????
てなことを妄想しながら、園内を歩いてみたよ〜ん。

実は、今年の猛暑のせいか、11月30日というのに、そんなーに寒くない。
で、肝心の紅葉は、今イチ・・・
ま、母と来なくてよかったかも、だわね。
でも、日本庭園って、やっぱりココロが、落ち着くな〜。
観光バスも来たりしていて、改めて横浜の名所なんだ〜って思ったな。
うわお!!!
右の写真、見てちょっ
天国の入り口っすか〜
池と、木々と空の3つの最強コンビネーション・・・
って、自画自賛するなよ〜
最後は、閉園前に、園内にあるお茶処へ・・・
おいしいお抹茶と三渓園の三重塔が、描かれている落雁菓子を頂いた〜
そっ、スチール写真も撮りつつ、撮影というチョー多忙ぶり。いや、ナンたって、今のアタシの生活の糧ざんすからー。

三渓園を出るときは、すでに、夕暮れ時。あああ、三重塔のシルエットが、映えるわ〜
あっ、また自画自賛
いや、さ、写真を撮るコトは、本業じゃないので、つい、つい、自分に甘くなる〜
許してチョ。
三渓園を出てから、チャリで何気な〜く、通り過ぎちゃったんだけど、わざわざ戻って撮った写真2枚が、コレ。
<岩波笑店>という屋号の酒屋さん
おっ、いいじゃんか〜 笑って笑店/商店ってか。
今回の三渓園訪問のオチっすかねえって、今、構成台本書いているから、つい、そんなふ〜に起承転結を考えちゃうっ
(ドコが、オチなんだよ〜???
)
いや、まあ、本日のオチは、やっぱ、お母ちゃんやね〜
ピンクの落雁菓子をお土産に差し出し、三渓園の紅葉を見に行ったことこを報告すると・・
「へ〜え、また、シャレたこと、しちゃって、どしたのさ。」
もっちろん、アタシが、母を誘ったコトなど、覚えていないっ
コホン
、まあ、そこが、撮影ドコロ、でもあるワケだわさ〜 
で、高揚したついでに、ご近所の日本庭園、三渓園に、紅葉を見に行こうと母を誘ってみまひた(はああ、のダジャレ!!)
桜の季節の時は、金欠とか言いながらも、アタシの誘いに乗り、家から出て来た母、だったけどね〜
今回は、ニベもなく、断られた〜
「行かねっ
拒否する時の母は、何故か、いつもベランメエ調なのだよ〜とっても分かりやすいわ。そして、即、午睡の時間となってしもうた・・・
もっちろん、拒否するべ〜、と思いつつ、母を誘い、ソコのところを撮影
チャリ距離
四季折々の美しさを見せる三渓園。久しぶりに表門から、入ったぞ〜 ウチからだと裏門の方が、近いんだけど、さ。
ナニゲに、住宅街の奥にあるっつう、隠れたようなカンジが、コレ、またいいんだよね。
さて、三渓園は・・・ご一緒にど〜ぞ。
生糸貿易により財を成した実業家 原 三溪によって、1906年(明治39)5月1日に公開され、175,000m2(ド広い!)に及ぶ園内には、京都や鎌倉などから移築された歴史的に価値の高い建造物が巧みに配置されている。(現在、重要文化財10棟・横浜市指定有形文化財3棟)
東京湾を望む横浜の東南部・本牧に広がる広大な土地は、三溪の手により1902年(明治35)から造成が始められ、1908年(明治41)に外苑、 1923年(大正12)に内苑が完成するに至った。
三溪が存命中は、新進芸術家の育成と支援の場ともなり、前田青邨の「御輿振り」、横山大観の「柳 蔭」、下村観山の「弱法師」など近代日本画を代表する多くの作品が園内で生まれた。その後、戦災により大きな被害をうけ、1953年(昭和28年)、 原家から横浜市に譲渡・寄贈されるのを機に、財団法人三溪園保勝会が設立され、復旧工事を実施し現在に至る。
以上、三渓園のHPからっす〜
原三渓氏が、生きていたら、本牧在住の貧しい映画監督も支援してくれただろか????
てなことを妄想しながら、園内を歩いてみたよ〜ん。

実は、今年の猛暑のせいか、11月30日というのに、そんなーに寒くない。
で、肝心の紅葉は、今イチ・・・
ま、母と来なくてよかったかも、だわね。
でも、日本庭園って、やっぱりココロが、落ち着くな〜。
観光バスも来たりしていて、改めて横浜の名所なんだ〜って思ったな。
うわお!!!右の写真、見てちょっ
天国の入り口っすか〜
池と、木々と空の3つの最強コンビネーション・・・
って、自画自賛するなよ〜
最後は、閉園前に、園内にあるお茶処へ・・・
おいしいお抹茶と三渓園の三重塔が、描かれている落雁菓子を頂いた〜
そっ、スチール写真も撮りつつ、撮影というチョー多忙ぶり。いや、ナンたって、今のアタシの生活の糧ざんすからー。
三渓園を出るときは、すでに、夕暮れ時。あああ、三重塔のシルエットが、映えるわ〜
あっ、また自画自賛いや、さ、写真を撮るコトは、本業じゃないので、つい、つい、自分に甘くなる〜
許してチョ。
三渓園を出てから、チャリで何気な〜く、通り過ぎちゃったんだけど、わざわざ戻って撮った写真2枚が、コレ。
<岩波笑店>という屋号の酒屋さん
今回の三渓園訪問のオチっすかねえって、今、構成台本書いているから、つい、そんなふ〜に起承転結を考えちゃうっいや、まあ、本日のオチは、やっぱ、お母ちゃんやね〜
ピンクの落雁菓子をお土産に差し出し、三渓園の紅葉を見に行ったことこを報告すると・・
「へ〜え、また、シャレたこと、しちゃって、どしたのさ。」
もっちろん、アタシが、母を誘ったコトなど、覚えていないっ
コホン






























