女性自身

生きる、ということの最近のブログ記事

2011年3月21日 17:23

言霊の力!!

3月11日の東北・関東巨大地震以来、卒業式が、中止になる学校が、多い。そんな中、卒業式を中止した立教新座高校の校長先生、渡辺憲司先生が、卒業生に贈った言葉が、今、話題になっています。

大感動に涙するcryingと共に、久々に言霊の力を感じた文章sign01ここのところ引用が多いけれど、村上さんが、書いて下さった<希望>を胸に、是非、読んでくださると嬉しいです。

                         
                                 shine  shine  shine  shine  shine  shine  shine  shine  shine  shine  shine



卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ


諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。


 このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、 あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。


 諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。
 

   大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。


 大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。


 多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。


 楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。


 君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。


 誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。
 

   言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためでなないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。


 中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。


 大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。


 大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。


 池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。「今日ひとりで海を見てきたよ。」そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。


 悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。
 

   時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。
 

  いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。
 

 海を見つめ、大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。
 

  真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。
 

  教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。


 「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ ヘー アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書8:32

 

一言付言する。
 歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。 原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの 供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。
 

  泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。
 

  今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。
 

  被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。
 

  本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(33110時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。   


梅花春雨に涙す2011年弥生15

                                                                 立教新座中学・高等学校校長 渡辺憲司




2011年3月19日 18:16

危機的状況の中の希望

村上龍様

あなたが、2011年3月17日、ニューヨーク•タイムズに掲載された 英文の原文、日本語の文章をここに掲載させて頂くことをお許し下さい。

私のスタンスもあなたと全く同じです・・・


村上龍.jpg

           
危機的状況の中の希望

村上龍

 

先週の金曜、港町・横浜にある我が家を出て、午後3時前、いつも行く新宿のホテルにチェックインした。普段から私はここに週34日滞在し執筆活動やその他の仕事をしている。

 

部屋に入ってすぐに地震が起きた。瓦礫の下敷きになると判断し、とっさに水とクッキー、ブランデーのボトルをつかんで頑丈な机の下にもぐりこんだ。 今にして思えば、高層30階建てのビルの下敷きになったらブランデーを楽しむどころではないのだが。だが、この行動によってパニックに陥らずにすんだ。

 

すぐに館内放送で地震警報が流れた。「このホテルは最強度の耐震構造で建設されており、建物が損傷することはありません。ホテルを出ないでください」という放送が、何度かにわたって流された。最初は私も多少懐疑的だった。ホテル側がゲストを安心させようとしているだけではないのかと。

 

だが、このとき私は直感的に、この地震に対する根本的なスタンスを決めた。少なくとも今この時点では、私よりも状況に通じている人々や機関からの情報を信頼すべきだ。だからこの建物も崩壊しないと信じる、と。そして、建物は崩壊しなかった。

 

日本人は元来"集団"のルールを信頼し、逆境においては、速やかに協力体制を組織することに優れているといわれてきた。それがいま証明されている。勇猛果敢な復興および救助活動は休みなく続けられ、略奪も起きていない。

 

しかし集団の目の届かないところでは、我々は自己中心になる。まるで体制に反逆するかのように。そしてそれは実際に起こっている。米やパン、水と いった必需品がスーパーの棚から消えた。ガソリンスタンドは枯渇状態だ。品薄状態へのパニックが一時的な買いだめを引き起こしている。集団への忠誠心は試練のときを迎えている。

 

現時点での最大の不安は福島の原発だ。情報は混乱し、相違している。スリーマイル島の事故より悪い状態だがチェルノブイリよりはましだという説もあれば、放射線ヨードを含んだ風が東京に飛んできているので屋内退避してヨウ素を含む海藻を食べれば放射能の吸収度が抑えられるという説もある。そして、アメリカの友人は西へ逃げろと忠告してきた。

 

東京を離れる人も多いが、残る人も多い。彼らは「仕事があるから」という。「友達もいるし、ペットもいる」、他にも「チェルノブイリのような壊滅的な状態になっても、福島は東京から170マイルも離れているから大丈夫だ」という人もいる。

 

私の両親は東京より西にある九州にいるが、私はそこに避難するつもりはない。家族や友人、被災した人々とここに残りたい。残って、彼らを勇気づけたい。彼らが私に勇気をくれているように。

 

今この時点で、私は新宿のホテルの一室で決心したスタンスを守るつもりでいる。私よりも専門知識の高いソースからの発表、特にインターネットで読んだ科学者や医者、技術者の情報を信じる。彼らの意見や分析はニュースではあまり取り上げられないが、情報は冷静かつ客観的で、正確であり、なによりも信じるに値する。

 

私が10年前に書いた小説には、中学生が国会でスピーチする場面がある。「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」と。

 

今は逆のことが起きている。避難所では食料、水、薬品不足が深刻化している。東京も物や電力が不足している。生活そのものが脅かされており、政府や電力会社は対応が遅れている。

 

だが、全てを失った日本が得たものは、希望だ。大地震と津波は、私たちの仲間と資源を根こそぎ奪っていった。だが、富に心を奪われていた我々のなかに希望の種を植え付けた。だから私は信じていく。

原文


www.nytimes.com/2011/03/17/opinion/17Murakami.html


ここのところ、極私的な話しが、続いたcoldsweats02ので、ちょっと、方向を変えてーったって、アタシの書くコトだもん、そんなに変われるワケ、ないっか〜sign05

皆さんと一緒、今、アジア・カップに燃えてますがな〜 scissors

昨年のワールド•カップに続いて、すっかり、サーッカーにハマっているアタシ。未だにオフ•サイド等のルールは、イマイチ、分からんのよ。でも、ね、前にも書いたけど、サッカーには、ナニかがあるんだな〜 きっと、90分も走るという泥臭さ。大の男が、(いや、若者が!)汗をビッショリかいて、ひたすら一生懸命、走る。

この若者の肉体的消耗の激しさは、人を、正確には、アタシのようなオバサンを感動させるっsign03点が、入ったら、入ったで、熱く抱き合っちゃったりして、さ〜lovelyイイな、イイな〜shineshine

uVb9JMg9dkUJ.jpgという次第で、昨晩は、ご他聞にもれず、宿敵、韓国戦にテレビの前に釘付けだよっsign01

あああああ〜bearing 90分で決着着かず、っつうか、さすが、韓国、同点に追いついて、さらに延長戦を30分やっても決着、つかずsign01

運命のPK戦〜ここで、守護神、川島クンのスーパー•ファイン川島、神懸かりなセープ!.jpgセーブが、2つもっsign03これは、ホンマ、感動のメイク•ドラマやね〜

韓国をどうにかねじ伏せて、日本が、決勝進出sign03相手は、オーストラリアか・・・こりゃ、今週の土曜日の晩もテレビの前から離れられないな〜

しかも、今回のPK戦が、もうYouTubeにアップされちゃってる!bleah イギリスの放映みたいっす。イギリス英語のアナウンサー、覚束ない発音で日本選手やら、韓国選手の名前を言うてまんがな。よかったら、アクセスしてみてちょっ!

http://www.youtube.com/watch?v=zNfAnScHeqo

ここのところ、テレビを見る、と言うと、スポーツか、スポーツ番組、チョロっと不真面目にニュースを見て、真剣に見るのは、お天気予報ぐらいなモンですな。

う〜む、そっか〜オバサンになるということは、オッサンになるということでもあったのか・・・think

さ〜て、夕べは、久しぶりの夜更かしついでに、アクターズ•スタジオのロバート•レッドフォードロバート・レッドフォード.jpgインタビューも見ちゃったぜ〜happy01

しっかし、アメリカ人って、ホント、インタビューを受けるのが、上手だよね〜レッドフォードもしかりっ good

レッドフォードの俳優、監督としてのこだわりは、ストーリー•テリングなの。

いや、さ、アタシら、ストーリー•テリングが、生業(なりわい)だもんね。ストーリー•テリングをするストーリー•テラーって、前にも書いたじゃんっ!

ストーリー・テリングの極意は、ストーリーの展開が、どうなるか分からず、ハラハラ•ドキドキするところじゃな〜い??

レッドフォードは、キャラクターには、コンフリクト、つまり、登場人物の葛藤が、大切って言ってましたがな。

そうやって考えると、スポーツって究極のストーリー•テリングなんだよね〜。いつだって、結末が、分からないもの。

そして、最後に、レッドフォードが、会場の若者に贈った言葉は、一つ。

TRUE TO YOURSELF. 自分に正直であれ。

いやあ、これってね〜、カンタンなようで、そうでもないんだな〜confident

自分のコトを知らなきゃならない。自分を見つめられなきゃならない。

挙げ句、自分に正直に生きると、波瀾万丈の人生、間違いナシっsign03

でもね、人生の最終章になると、ソコだけっすよ〜名誉も、財産も何を達成したかも関係ナシっsign01 ひたすら、自分を欺いて生きてこなかったか、どうかだけ。

今のアタシのお母ちゃんの苦しみは、ソコだけなんだあ。出来なかったコト、諦めたコト、踏み越えられなかったコトだらけで、自分の人生の後悔が、多いんだな、ってソバで見ているとつくづく思っちゃうんんだ。。。coldsweats02

あれれ、やっぱり、ここに帰着しちゃったか〜happy01












プロフィール

sekiguchi

関口祐加 最新作 『此岸 彼岸』

1957年5月、横浜本牧生まれ。
フト気が付けば、すでに在豪28年目、日本に住んでいた時よりも長くなり、唖然。映画を作り始め20数年たつが、母親は、今に至るまで私が、何をしているのか全く分からず。だって、今回の「THEダイエット!」で、やっと監督作品3作目と超寡作。最新ドキュメンタリー映画作品「此岸、彼岸」は、そんな母を被写体に2009年9月に撮影が始まったばかり。更には、<衝撃的な>初劇映画作品「嘘をつく女」をメノポが、ヒドクなる前に作るのが、大きな夢ですっ!「戦場の女たち」「When Mrs. Hegarty Comes to Japan」「THEダイエット!」(原題:Fat Chance)ともに、内外で受賞数多数。

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