又又、私たちの誇るべき先輩、森繁久彌さんが旅立たれました。
このところ、このブログで政界から中川昭一さん、芸能界から長門裕之さんの愛妻、南田洋子さんと、続けてお別れの言葉を述べさせてもらった矢先に、今度は森繁さん。寂しい限りです。
私の出先に事務所から「フジTVからコメント依頼がきたので、会社に顔を出して欲しい」との連絡。どうやらコメントどりにTVクルーが出向いてくるそう。
ところがその夜は、例の日本中を震撼させた、二年半の逃亡生活が決着、市橋が拘束された事で、報道クルーはそちらにかかりっきりで手が足りなくなり、私のほうから局に出向いてのビデオどりとなったのです。
あわただしい車の中で、生前、森繁さんにお目にかかったのはいつの事だっけと想い起してみました。
森繁さんは青年時代、NHKアナウンサーとして旧満州で活躍されてたそうで、私も満州、大連生れで世代は違っても昔から親しみを感じていたものです。
水戸黄門のスタート以前、東野英治郎さんに決定する前、森繁さんの黄門さま説が強かったこと。水戸黄門にゲスト出演された折の、森繁さんと東野さんの丁々発止の演技バトル。撮影の合間の楽しい芸談。
北大路欣也さん主演の「子連狼」に森繁さんと私がゲスト出演した折、あの哀調を帯びた森繁節で唄われた子守唄が、長ーく長ーく続く中、監督が「カット!!」の声をかけようにもかけられなかった事。
13年前、名古屋御園座で、座長の西郷輝彦さんが急病で倒れ、急遽私が代役をつとめた時の事。
「森繁ファミリー」の息子「西郷」さんの見舞いに、東京から駆けつけて来られた事。
終演後、楽屋のシャワーで頭がシャンプーの泡だらけのままに、竹脇無我さんが、「森繁のおじいちゃんがあいさつしたいとみえてるので、顔出して欲しい」との声で、浴室から飛び出してきたこと。
森繁さんは涙目で、「西郷に代わって、よく頑張ってくれたネ。有難う!!」との言葉。そして「あれだけの台詞、本当に一晩で覚えたのかい?僕にはとても出来ないナ」とねぎらいの言。
等々、昨日のことの様に想い浮かぶまま、キャメラの前で色々と語らせて貰ったけど、翌日TVで流れたコメントは、ほんのひとこと。
でも、皆さん電話でのコメントの中で、私はナマで語れたのですから、森繁さんには私の気持わかっていただけたと想ってます。
不世出の名優、森繁さんの様に、人生の語り部として、ワビサビをサラリと演じられる役者になれる様、精進しようと想います。どうぞ安らかにおやすみ下さい。
11月12日記 横内正
